痛み |
目の前で、喰われてゆく… 無力な赤子の自分は、離れた場所から動く事も出来ず強い声をあげる事も出来ず、 ただ只、瞳から涙を流しながらその光景を見ていた。 胸内に燃え滾るような怒りの炎が渦巻く、リクに対するディーヴァの仕打ちと 無力な何も出来ない自分への怒り。 恐怖で叫び助けを求めるリクの声が痛い。重なるようにディーヴァの笑いが響く。 耳を覆いたいのに力のはいらない腕は微かにしか動かす事が出来ず、 視線だけ二人の姿を映し出す。 「……リ、ク………」 微かにつむぎだされる声は虚しく宙に消えてゆく。 “助けて、カイ兄ちゃん!!” 叫ぶ声が痛い。 「駄目な子ね…、どこを見てるの?」 「…ッ…あっ……カイ、兄…ちゃん…」 まだ、何も知らないリクの上にディーヴァが腰を落とす。 揺れる腰に恍惚の表情を浮かべるディーヴァ。 「ねぇ…ッ……早く頂戴よッ…変わりにイイものあげるからッ」 言いながら動きは止まず規則正しく繰り返す。 タスケテ 小さな息づかいの合間に紡がれるその言葉が イタイ…。 全てが…痛い。 「く…そッ、動け、よっ…リク……ッ」 全身の力を振り絞りそろそろと指先から順番に前へ進める。 目の前で繰り広げられる目を覆いたくなる光景への怒りを力に変えて そろそろと近付くが、あと少し…というところで、それは訪れた。 「おいしかった。だから………、お礼に私の血をあげる」 あがらうリクの唇に赤い血が吸い込まれてゆく。 小夜のシュヴァリエになったリクの血とディーヴァの血が混ざれば 訪れるのは『死』 死………?リクが…死ぬ? そんなことありえない、と否定する心と裏腹に 目の前の現実が、あるのだと事実を突き付ける。痛い心を抉るように傷つける。 見なれた弟の体が、命を持たないモノへと硬化してゆく、死へと進んでゆく。 「う、そ…だろ?……リク?目ぇ覚ませよっ!!」 力の限り叫んでも『死』という現実は覆らない。 「あぁ…死んじゃった。小夜ねぇさま、怒るかな…?うふふっ…アハハハハッ」 ディーヴァの高笑いが地階の倉庫中を満たす。 「ディーヴァァァーーーッ!!」 あまりにもの怒りに、体の痛みなど吹っ飛んで叫び声と共に ディーヴァに殴り掛かるが、ぼろぼろの体では何か出来るわけもなく 逆に捕らえられ強い力で壁へと投げ付けられる。 「ぐッ…ハッ!!」 「駄目じゃない、大人しくしてないと。 ………あぁ、分かったわ。あなたも欲しいのね?私の“血”が」 呻くカイの元へ、ゆっくりとディーヴァが近付いてゆく 一歩一歩、優美に軽やかに悪魔の微笑を浮かべながら。 弱々しい形ばかりの抵抗をするカイを抱え上げ、 手の平から滴り落ちる赤い血を呻く口元へ。 「あなたは私のシュヴァリエになれるのよ?」 呻くだけで、抵抗すら出来なくなったカイに 小夜と同じ顔でディーヴァが囁きかける。悪魔の声。 リク……小夜…………… 頬にポタリと赤が落ちここまでかと、諦めたときに 一つしかない扉が轟音と共に吹き飛び翼種、カールと小夜が飛び込んで来た。 「おねぇさまもいらしたのね」 「カイッ!!!」 ……小夜…? 朦朧としたカイの頭にその声が入ってくる あぁ、でも顔を上げることが出来ない。声を出す事が出来ない。 マリオネットの人形のように、ただただ操られるだけ。 カールに投げ飛ばされ小夜の腕の中で見たものは 熱を持たない、固く冷たい、リクだったもの。 顔に、手に、足に、赤い亀裂が入ってゆく。 腕がもげる、小さくなってゆく。リクの姿までもがなくなってしまう。 「…リク…ッ」 うつろな瞳で見つめるのは崩れ行く唯一の肉親の体。 人の原形をとどめながら崩れ行くリクの体の上に、大きな揺れと共に沢山の物が落ちゆく。 全てがスローモーション。時が止まってしまったかのような光景。 そして一際大きなモノがリクの体の上に落ち、ついに体は粉々に砕け散る。 「ッ…リク…」 それでもカイには信じる事が出来なかった。 リクの破片が自らの手に収まっても、握りしめても……… リクがこんな形の筈がない。冷たい筈がない。 こんな…ッ こんな……… リク……ッ 「……ッ!!」 薄暗い部屋に荒い息づかいだけが響く。 あの船上で起きた事を何度、夢に見ただろう。 時間が経過する事に夢は薄れゆくものだと思っていたが、薄れゆくどころか 毎夜リアルに色褪せる事なく再生される。 それだけの衝撃がカイの心を襲ったのだ。薄れてしまうということが あり得ない事なのかもしれない。 ベッドの上に上体を起こし、じっとりと滲んだ嫌な汗を拭う。 目を閉じれば何度も見た夢の光景がフラッシュバックし、一つ深い息を吐く。 まだ起きるには早い時間だが眠気はもうない。 眠りたくないのかもしれない。 心内で思うと、そっとベッドの中を抜け出し部屋の外へ出た。 薄く開く扉から明かりが漏れているのが目にはいる。 …確か、その部屋はデヴィッドにあてがわれたもの。 覗くつもりはなかったが、扉を横切るときに中の光景が目にはいってきた。 何本もの酒瓶を部屋に転がし、うつろな表情で グラスから酒を口に運ぶデヴィッドの姿。 赤い盾が無くなったから無理もない…と思う反面、 妙な苛立ちが、カイの心を支配するのを感じた。 何なんだ…?この気持は。 強い苛立ちはどこからやってくる? 「…何をする!!……カイッ!」 思ったと同時に、薄く開かれた扉のノブに手をかけ デヴィッドが手に持つ酒を取り上げていた。僅かに残る酒が瓶の中で揺れる。 「…こうするのさ」 残り僅かな酒を瓶から直接口の中へ流し込むと、デヴィッドを上からジッとみやる。 数秒、視線は宙でぶつかるが、デヴィッドのそれがふっと逸らされると 何ごともなかったかのように、近くにあるまだ中身の入った酒瓶をグラスに傾ける。 酒を取り上げたときに見せたあの強い表情はどこへいったのだろう。 自分自身との対話に戻ってしまったデヴィッドの姿を見ると 苛立ちが沸き起こる。 「……いつまでそこにいるんだ…?」 苛立ちを胸に秘めた瞳でデヴィッドを睨み付けていると 俯いた姿勢のまま、ぼそりと問いかけがやってくる。 と、いうよりも、早く出てゆけと命令するかのようなニュアンス。 「いちゃ悪いのかよ」 言いながら、デヴィッドの手から再び酒を奪い取る。 “イライラする……” 「…カイ、…返すんだ」 酒を要求するデヴィッドの顔は、まだ下に向いたまま。表情が分らない。 「嫌だね。……返すくらいなら、俺が飲んでやるよ。さっきみたいにな」 手に持った瓶を口に近付け飲もうとしたとき下で小さな舌打ちが聞こえた。 「……!!!」 瞬間、酒を持つ手首を捕まれ、カイはテーブルの上に引きずり倒された。 怒りを孕んだデヴィッドの顔が近い…。 「そんなに酒が飲みたいのなら、俺が飲ませてやる…」 デヴィッドは酒瓶をカイの腕ごと傾けると、そのまま一口、口に含む。 何だかヤバいと危険信号がカイの頭の中で点滅するが、 デヴィッドの一連の動きから目を逸らす事が出来ない。そうするうちに 酒が含まれたデヴィッドの唇が、カイの上に降りて来た。 「ッ!!!」 信じられない状況に一瞬固まるカイだったが、自分を取り戻し抵抗をする。 触れあう唇が熱い 酒に溺れたデヴィッドのどこにそんな力があるのだろうか どんなに抵抗をしてもびくともしない。せめて口移しだけは阻止しようと 固く口を閉ざしていたカイではあるが、瓶を持つ右手を一際強くねじられると 痛みでうめき声が上がり、閉じていた唇が薄らと開かれる。 その瞬間をデヴィッドは見逃さない。 カイの右手を掴む手とは反対の手で顎を掴みさらに口を開かせ 含んでいた酒を流し込んだ。そのまま逃げまどう舌を絡め取り熱い口腔を貪る。 頬をつたう飲みきれなかった酒の感触が気持悪い。 不自然な体勢が苦しい。 流し込まれた酒で頭が朦朧としてくる。………思考がまとまらない…… 「…ッ…ふざけんなっ!!」 音を立ててデヴィッドの唇が離れるのと同時に掴んだ腕が振払われる。 そんなカイの態度がなんだか可笑しく思えた。 口からクツクツと低い笑いが漏れる。 「なにが可笑しいんだよッ!?」 「…おまえの言う通りに酒を与えてやっただけだろう? 望みを叶えてやったんだ。怒る必要がどこにある…?」 「…なッ……!」 「キスの一つや二つ…初めてでもあるまいし別に問題はないだろう ………それとも、俺にされて感じたか?」 何を言ってるのだろう、この男は。そんなことないと声に出して伝えようとするが、 デヴィッドの言葉に、感触を思い出し図星だということに愕然とする。 どうしてしまったのだろう。意味が分らない。 混乱するカイの腕を再び捕らえ、一言告げる。 「これ以上、酷い事をされたくなければ今すぐこの部屋から出てゆけ」 それでも立ちすくむカイに再度、言葉を放つ。 「抱かれたいのか?と言ってるんだ」 「!!!」 混乱する頭に信じられない言葉が入ってきて、 掴まれた腕を再び降り解くとくるりと踵を返し扉から外へ出る。 早鐘のように打つ心臓の音が苦しい。 そのまま廊下を通り外へ出、暫く歩みを進めたところで足を止める。 早朝の冷たい風が火照った体を冷やしてゆく。一緒に早鐘のような心臓を静めてゆく。 …あの気持は何だったのだろう… 毎夜のように見る夢への痛みを、デヴィッドへの苛立ちに変えたのか? それとも、ただ単に情けない姿のデヴィッドへの苛立ちなのか? それとも…………。 “あぁ……痛い…………” 微かに浮かんだその気持は冷たい風の中へと消えてゆく。 |
06.05.28 |
書いてしまいましたブラッドプラスの小説を。まとまりのない行き当たりばったりのお話に 我ながら悲しくなってきます。本当は船上でのことに苦しむカイ君をデヴィッドが慰める… みたいなお話をと考えていたのですが、本日放映分の33話をみてそれはありえないよ。と変更を致しました。 だってデヴィッドさん、酒に溺れてますし、カイ君は成長して確りしてきてますし…… あぁ…このままじゃ、デヴィッドさん受けじゃないですかッ!! 駄目だ、どうしよう…早く復活してください。デヴィッドさん。 |
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