もどかしい想い

   
『ねぇ、大将?いつまでも傍にいますぜ……』



 何時の事だっただろうか、その言葉を語られたのは。時折思い出されるその言葉は殆ど感情を表さない彼に甘い感情を呼び起こす不思議な、大切な言葉……
 誰から言われたのだったろうか、長く生を貫いた彼には沢山の出合いと別れがあった。身を引き裂かれる程の悲しみに満ちた別れが…考える事を放棄した頭で考えてみる、誰が語った言葉だったのか。暫く放棄してた所為か深い靄がかかった思い出はなかなか思い出す事が出来ずにいた。



『大将〜!!はやくしてくださいよ』



   ……?
 言葉が頭の中に出てくる。段々鮮明になってきているのがわかる。しかし、誰だったのか…… 忘れてはいけない人のような気がして、より深く考えに没頭する。焦る事のなかった今までが嘘のように今すぐに思い出そうとしている自分を感じた。焦れば焦る程、思い出は宙を舞い掴みかけていた欠片がするりと手から抜けてゆく。



『…大将……忘れないで下さいね……』



 ポタリとあつい雫が、壁に背を預け身を投げ出している彼の胸元に音もなく流れ落ちる。後から後からとめどなく流れ続ける。

「……誰、だった……?」

 力なく投げ出されていた手で顔を覆い、震える唇で言葉を紡ぐ。

「…教えてくれ…………アイツは……」

 語られる言葉は切実な願いが込められ、どうしようもない感情が溢れ出てくる。
いつも、大将、大将と自身の事を呼び優しい笑顔で心を癒してくれた彼。そっけない態度をとっても変わりなく慕ってくれた彼………滝のように溢れ出てくる記憶は、彼との思い出もつれてきてくれていたが只一つ、名前だけは呼び覚ましてはくれなかった。何千、何万回と呼び合った筈の彼の名前をどうしても思い出す事が出来ない。



『……大将………』



 よりいっそう強い呼び掛けが響く。覆っていた手を外しぼやけた視界で宙を見てみると、思い出の中の彼の姿があった。もう悩まなくても良いのだと優し気な顔で語っているのが感じられた。しかし、

「……オレは、お前の………」

    (そう、名前が………思いだせない…)

 悩まなくても良い筈がなかった、どうしても思い出したかった。少しおさまっていた涙がまた、溢れる感情と共に再び流れ出るのを感じた。
 この感情をどうにかして欲しい、もどかしい想いを………



『……じゃぁ……教えますよ…』



 声が響く、どこか悲し気な声が…

「……ほ、んとう…なの…か……?」

 思い出の、忘れてはいけない彼の声に救いを求める。本当は自分の力だけで思い出したかった、でも……



『……でも…条件が、あるんですよ……』



 どんな条件であろうと彼の名前を知る事ができるのなら…と、何をいわれても大丈夫だと……しかし、彼が出した条件は、



『…死なないで下さい……約束、してください……』



 もう疲れていた、長く生きるのは苦痛になっていた。歴史をいつまでも見届けることにしようと紋章を外す事をせず、長い生をおくってきた。でもいつからか自虐的な気持ちが心のそこから生まれてくるのを感じはじめていた。もう、いいだろうと……歴史も長い間見届けたはずだ、だから………

"自らの手で命を経っても、いいだろうと…"

 彼が出した条件に身が凍るような思いがした、先に逝ってしまった大切な彼の元へいくことが許されないと、彼自信によって通告された。彼の元へいくとすれば名前を知ることはできず、彼の言葉に従うならば名前を知ることは出来るがそばにいくことができない。どちらか一方を選ばないといけない、いつまでもこのままという訳にはいけないのだから。



『さぁ、大将………選んでください…』



 最後の言葉が放たれる、自分に選べと…悲しい顔で通告される。
    (……両方…と、言うわけにはいけないんだな……)

 "すみません"と彼が言うのを感じた。もはや声すら聞くことが出来ないのか、と彼に向けて言葉を発してもただの八つ当たりでしかなく 、それを自覚している自分が滑稽に思えて仕方がなかった。

「……名前、を……教えてくれ……」



『それでいいんですね…?』



「…………あぁ…」

 選択した答えは苦渋のものでしかなかった。こんな想いを感じるくらいなら最初から考えなればよかった。こんな、こんな感情を思い出すくらいなら………
 選んでしまった答えは取り消すことは出来ず、彼との約束が結ばれる。



『…必ず、ですよ?……約束してくださいね…?』



(………必ず……)

 だんだん彼の存在が薄れてゆくのを感じ、後にはただひとり自身だけが残される。溢れる感情が流れ出してしまわないよう強く、強く体を抱きしめる。止まらない涙をどうにかしてとめたかった。後から後から嗚咽が込み上げてきて………

「……エ−……スッ……」
(………!!!)

 突然口から出た言葉は確かに彼の名前で……今までどうして思い出す事が出来なかったのか不思議で仕方なかった。漸く思い出した名前を二度と忘れることがないようにと繰り返し呼び続ける。

「エースッ…エース……エー……ス………」

 悲痛な叫びは誰にも届くことなくただひとり内に溢れる感情に身を任せる。今すぐ彼のもとへいきたかった。約束を違えてたとしても…彼の元へと………



"………約束、ですよ……?"



「……分かってる、わかっ…てる……んだ…」
(……でも、今だけは……)

 そう、想うことを許してくれ。エース、お前の元へいきたいと願うことを…少しの間だけでいいから………



 空から白い粉雪が舞い降り、音もなく静かに地上に降りつもる。ぼんやりとした視界に綺麗な光景がうつりこみ……ゆっくりと、重い瞼を下ろした。




『大将……いつまでも………』

   

夜中から、妙なテンションで書きはじめた暗い話であります。もう、何でしょうね小説というか、ゲドさんの独白のような感じですね(汗)夜中に書くものじゃないなと、書き終えてから思ったりしました。ただ、エースのことを思うゲドさんが書きたかっただけなのに!!あぁ、どうなんでしょうか……

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