冷夜-03

   
老人にたいして了解の言葉を発するゲドに何かいいたげな顔をエースが向ける。
その表情に気付いてはいたが気にする事なく室内へ招き入れた。


扉を閉める事によって外の大きな音が小さくなり、室内を静寂が生め尽くした。
何か話す訳でもなく、いや、話す事などこれといって見当たらず。
何秒も無言の時が続く。
その間エースとゲドは老人の様子をつぶさに観察する。
エースは警戒心から、ゲドは純粋に老人への興味から。
2人の視線を感じている筈の老人は見られているということを
全く感じていないかのように入ってきたままの姿勢を崩す事はなかった。

「お前さんら…酷い怪我してるようじゃが………どう…」

「じいさんには関係のないことだろ!?」

無言の時間を撃ち破る老人の言葉に反論を示し、エースは大きな声をあげた。

「それは……もっともじゃが……」

すぐに言葉を返す老人は、持ってきていた荷物に手を突っ込むと
ごそごそとやりはじめた。あれでもない、これでもないと
暫くそうしていた老人は目的のものが見つかったのか、
手をとめゆっくりと荷物から引き出した。

「お前さんら、特に奥にいる隻眼の……」

老人はどう呼べば良いのか迷ったのだろう、
言葉をとめるとゲドの方を見て名前を言うように促す。
既に老人から警戒心を解いているゲドは素直に言葉を返す。

「ゲドさんとやら、お前さんの怪我は酷い。
見るからにお前さんらは十分な薬を持ってない様子じゃ」

そうだろう?と表情で表し手に持ったものを二人の前につきだした。


この見た事も無い物で、何をやれというのだろう。
形があるのか、無いのか、それすらも不確かで疑問は高まるばかり。
老人の言動、態度から察するに薬なのだろうと予測はつく。
だが、今まで見た事も無いそれを使用するのは、二人にとって無理も等しいこと。
老人の説明不足である。

「なぁ、じいさん。それは一体なんだ?何の説明も無しじゃ
使えるもんも、不要の産物になっちまう。」

そうか、使い方が分からないな。と一人のんきに考えていたのはゲドだ。

「そうじゃった。ほれ、そこの、傷口を出しなさい。」

のんきに考えていたゲドは、痛みに少し顔を引きつらせながらも、
素直に傷口を老人に向けた。
乾いてきた赤い場所は毛布にくっつき、剥がす事によってビリビリ音をたてる。
その音や、患部は見るからに痛そうで、エースは顔を歪め
まるで自分の事のように口に出し痛みを訴えた。
とても滑稽な様子が展開され、
ドロリという効果音を出しながら物体はゲドの傷口へと落ちてゆく。
最初、傷口に触れる事による痛みよりも、冷たいという感触に顔を歪めたゲドだったが、
その冷たさが今度は燃えるように熱くなってゆくのを感じ頭を混乱させた。




どれくらい時がたったのだろうか、いつに間にか燃えるような熱さは消えてしまっており
それと同時に負傷してから常にあった傷の痛みも、どうやら同じく消えてしまったようだ。
少し、引き攣れる感じは残っているが、全く問題ないといっても良いぐらい。
ぼろぼろと体に纏わりついている、血を吸った衣服が些か不自然なものとしてうつる。
先程までは、それがごく自然な姿として定着していたというのに、
怪我をしているという要素がなくなった為、只の汚い襤褸切れにしか見えない。

「あぁ……。」

思わず、声を洩らす。
体全身から負の印が消え奥底から沸き上がる、暖かな鼓動が癒しを与える。
あった筈の傷口を手で触れる事で確かめていると、
横から怖ず怖ずと伸ばされる手が視界に入ってきた。
同じく、痛々しい傷口みせていた場所へその手が伸ばされ、
優しい手つきで、触れてくるのを感じた。

「もう、すっかり、良いようですぜ。これじゃぁ怪我してたのが嘘みたいだ。」

優しい手つきは愛撫を思い出させるもので、暖かな鼓動とは別に、
体の底から沸き上がってくるものを感じた。

「エース……」

一声呼んだ名前は謀らずとも甘さを、含んでいたようで、
同じようにエースから名前を呼ばれる。愛しきものを、慈しみを込めた呼び方で。

「……忘れている事はないかね?」

甘い空気は、突然の嗄れ声に霧散してゆく。
老人の存在をすっかり忘れていた二人は慌てて密着していた体をはなす。

「……ありがとう、助かった。」

さすがはゲドというべきか、直ぐに平静を取り戻し感謝の気持を口にだした。
慌てて、エースも便乗するかのように言葉を口に出す。

それにしても、とゲドは思う。
自分を癒したあの薬はいったい何だったのか。
不思議な液体は何で出来ているのか。
考えていると、無言の視線が疑問を口にするのを拒んでいるのを感じた。

「なぁ、じいさん、あれって……」

エースが全て話し終える前に首を振る事で、
これ以上追求しないように釘をさす。
少々、不満げな表情をしたエースではあるが、
直ぐに違う事に考えを移したようでこれ以上追求する事は無いようだ。

「さて、夜もふけてきたようじゃ。儂はそろそろ眠る事にしようかの。
お前さんらも眠るといい。眠りが傷で疲れた体を癒してくれるじゃろう。」

老人の言葉に忘れていた疲れがやってくるのを二人は感じた。
それと同時にとても強い眠気が訪れる。
小屋を叩く雨音、轟く雷鳴も激しく吹き荒れる風も、今は気になる事も無く
単調なものとして聞こえ、眠りをさそう音楽に思えた。








眩しい、壁の隙間から入り込む明るい太陽の光を感じて瞼を震わせる。
ゆっくり体を起こすと、疲れが嘘のようになくなっているのを感じた。
その場で一伸びし、ゲドは扉へ向かう。

さぁーーー

心地よい風が吹き抜ける。折れそうなくらいに強く揺れていた木々は
優しい風をうけ、さわさわと微睡みを感じてるようだ。
軽い音をたてながら、小屋の外へ歩みを進める。
あまりにも静かで優しい空間にうっとりと目を閉じ、より深く一時を味わう。

「見事に晴れましたね。昨日の、雨やら風が嘘みたいだ。」

いつの間にかエースも目を覚ましていたようだ。ゲドの隣に立つと、
同じく気持の良い風を全身で感じる。

「さてと、大将もうそろそろ行きませんかね。きっと、
ヤツら大将のこと心配してますぜ?」

「そうだな、あの老人に一声かけてから行くとするか。」

さぁーーー

風が吹き抜ける。
後ろを振り返った二人の瞳に昨夜まで傷付いていた体を休めていた小屋はない。
影も形も跡形も無く消えてしまった。
老人の姿もなく、後には鬱蒼と茂る木々の姿だけ。

「あれっ!?小屋がありませんぜ?」

「……見事に何もないな。」

まるで狐に化かされたような奇妙な気持だけが二人に残る。
昨晩の嵐と同じく、小屋の中で過ごした時間もまるで幻の事のようだと
思っていると、横からエースに声をかけられる。

「さぁ、さぁ、大将。そうぐずぐずもしてられませんぜ?
いつ追ってがやってくるかもしれないんですから。」

煽るエースに促されて不思議な空気が占めるこの場所を後にする事にした。



  04.04.17  

長い時間があきましたが、続き〜デスよ。書き出すまでの時間が長く、放置していた時間数カ月(汗)
つぎの4で終わりになるかと思われます。

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